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made in Japan で M2F

心と身体の私的記録です。

7月分雑記

こんなニュースがありました。

性同一性障害、保険証に戸籍と異なる性別容認へ

これって国の保険証だけですか?
というか、自動車の運転免許証はかなり昔から性別表記がありませんよね。
それで一般に身分証明として使われてきたなら、表記しないで済む話では?

「心の性が…」とのたまってるけど、心の性って何?心に性別があるの?
アニメ「リボンの騎士」を見てたときは、男女の心が別々だと思ってた。
実際、大人になってみると、心なんてその人それぞれの個性であって、性別という区分はないのじゃないかと思う。
男女で思考が違うでしょ、とおっしゃられるかもしれないが、それは考え方であって心じゃない。
確かに行動様式に男女差があるような傾向が認められるし、というデータが認められるかもしれないが、心に性別があるとか、という問題ではない。
遺伝子ゲノムが解析された現代にあっても、遺伝子レベルで決定しているという話も聞かない。
だから、私は環境素因が最も大きいものだと考えます。

だからと言って、自分が子孫を残さない選択をしたのは周囲の人たちの自分への接し方のせいだとは申しません。
一般平均的な状態とアスペルガー症候群との間の自閉症スペクトラムのきわどい境界にいるのが自分ですから、結局、原因なんて、現状では誰にもわからないのですよ。
それをはっきりさせたからって自分が今更変わるわけでもないし、周囲の人々の対応が変わるわけでありません。
大事なのは、過去の原因じゃなくて将来の生き方です。

というわけで、保険証の表記が大事な人がいるのでしょう、きっと。社会的に性別が、自分の想定した範囲内で、きっちりと認められることでアイデンティティーが得られる人が。
インターセクシャルという存在が認められながら、確かに社会的に男女のどちらか一方の所属が義務づけられます。
それに逆らってXジェンダーとする人たちもいます。

そこで私は考えるわけですよ。
性別のレッテルってそんなに必要なものですか?と。
愛する人が男であろうが女であろうが、その人を愛したんだから性別は関係ない、と言う人がいますよね。
私もそれと同じく、自分が男であろうが女であろうが、自分は自分なんだから性別は関係ない、そう考える人たちがXジェンダーなんだろうな、と。
彼らは周囲が性別を気にする以上に、性別を気にしてるように見受けられます。
別にどうだっていいじゃん、というのが私の立場です。
男で有利なところは男で、女が有利な場面では女として切り抜ければ幸せなんじゃない?と 考えるわけです。
それが許される環境にいるのは、本当に幸せなんだろうな、と実感する次第です。

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